タイトル | 夏合宿の思い出 |
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投稿者 | ごえもん(運営スタッフ) |
投稿日 | 2016年08月12日 |
『夏合宿の思い出』 私が「風俗」で外の世界と通じたのは大学2年生の夏。 マックのハンバーガーが驚異的な安さになっていたデフレの時でした。 もちろん風俗の存在は知っていました。 ただそれは、雑誌やスポーツ新聞などで、そういう世界があるということを「読んだ」程度。友人と風俗の話をすることがなく、私の風俗はいわば「自分の内部の世界」で留まっていました。 今回は風俗を通じ、初めて外部と繋がった時のお話をします。 私がそのきっかけとなった人物に出会ったのは大学1年生の時。 サークルの3年生の先輩(M先輩)でサークルの中心メンバーのうちの1人でした。 1年生の私は、5月のBBQで卑猥な姿で東京奥多摩の川に入るという鮮烈なデビューを飾り、サークルに溶け込みました。 トーク力がなく、友人もいない私にとっては、それが手っ取り早くみんなに馴染む手段でした。 この“奥多摩の入水”によりサークル女子には引かれてしまいましたが、先輩との距離は縮まりサークル活動を謳歌してました。 先輩には「エロ武勇伝」がありました。エロ武勇伝の1つを紹介します。M先輩達は4年生の女先輩2人から、遊びでパンツを頭に被せてもらったそうです。1年生の私は面識なかったので、アルバムからその女先輩の写真を確認しました。 とてもキレイな女性でした。 その「パンツの兜」の話以来、私はM先輩を尊敬するようになりました。いつか僕もパンツの兜を… そんなことばかり考えていました。 2年生の夏。 私もサークルの中心メンバーとして夏合宿の企画をすることに。 尊敬する先輩をもてなそうと、お笑い企画を考えます。 1人1ネタでお笑い大会をすることになりました。 我々は頑張ってネタを用意しました。 私は聴診器をつけた本格的なナースコスプレで“だんご3兄弟を踊りました。個人的には満足でしたが、どうやらすね毛で女子に引かれてしまいました(^_^;) そんなこんなで我々のネタは終わり、M先輩の番になりました。 M先輩は手ぶらです。何も準備していないです。 いったい何をするんだろう… すると先輩は、真面目な話を始めました。 「4年生になり、もうすぐ卒業… 就職も決まり… 世間は…」と経済情勢の話などをし始めます。 教授もいますしね。さすが4年生… その一方で、お笑い大会なのにマジメな話をする先輩にキョトンとする僕。 その時は突然訪れました。 「デフレとなり… 何!! 風俗もデフレ?! オッパイだー♪ オッパイだ〜!!」 ワッショイポーズしながら、「風俗」と「オッパイ」という言葉を大声で連呼する先輩。 文章では上手く表せないですが、その言い方とポーズにみんな(女子も含めて)大爆笑!! 手ぶらでやってきて言葉1つで大爆笑させる先輩。 一方、聴診器やナースコスプレまで用意して、女子に嫌われる僕。 なんの恥ずかしさもなく「風俗」「おっぱい」という言葉を堂々と言い放つ先輩。 一方、風俗という言葉を他人の前で喋ることすらしていなかった僕。 なんて対照的なんでしょう。まるで光と影。 自分がちっぽけに感じ、先輩の偉大さを感じた夏合宿の夜でした。 余興の後、M先輩は女の子とキャッキャしながら、女の子を羽交い締めしているように見えました。ケツを揉んでいるように見えました。 そう見えたのは、酒のせいだろうか涙のせいだろうか… その夏合宿以来、エロに対する考え方を変えました。 色々とオープンに語るようになりました。 要は女の子に嫌われるかどうかも「エロ」を話すこと自体ではなくて、言い方などの問題なんですよね。 M先輩はそういう点で女の子に嫌われることないから、パンツの兜やあんだけ下ネタもウケるのかと… あれからおよそ10年… 昨秋、僕は教授の退職(留学)をきっかけに、M先輩と10年ぶり再会しました。 M先輩「ごえもん、今何してる?」 ごえ「いまは…なことをしてます。知ってます?このサイト(情報局)」M先輩「マジで! どこかいい店知らない? ◯◯辺りで…」 ごえ「その辺りは行ったことないですけど… ◯◯は有名ですよね」 M先輩「おぉ! 行ったことあるよ!!」 その夜、いいオッサンになった僕とM先輩は、風俗話で盛り上がりました。大人になった女性陣は、哀れみの目をする人とエロ話に付き合ってくれる女性の2極でした。 「風俗」「おっぱい」という単語は控えめ、もしくはオブラートな表現で。そして笑い声だけ下品な再会となりました。 僕もM先輩も成長しましたね。 夏合宿の思い出でしたm(_)m | |
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