タイトル | 小説「おっぱい守事件」 第五章 |
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投稿者 | 洗濯屋のケンちゃん |
投稿日 | 2022年01月19日 |
『小説「おっぱい守事件」 第五章』 あの子がなかなか降りてこないので、私はエレベーターに乗って5階に上がった。 個室の扉越しに中の灯りが漏れている。まだ部屋にいるらしい。何してるんだろう。 ドアを開けて個室に入ると、瀬奈がドレッサーの下に頭を入れていて、頭隠して尻隠さず、みたいな格好になっていた。 彼女のお尻のすぐ後ろまで近づいて声をかけた。 「瀬奈、何してるの?」 すると彼女はきゃっと叫んで飛び起きた。ゴン、と音がした。ドレッサーのテーブルに下から頭突きをしたらしい。テーブルの下に頭を入れた状態から起き上がれば当然そうなる。 彼女が頭を抱えながらドレッサーの下から出てきた。 「美香さん?驚かさないでくださいよー。びっくりしたぁ」 「ごめんごめん。気づかなかったの?」 すると彼女は床にぺたんと尻をついて座った。 「だいたいいつもいつも、美香さんは足音を立てなすぎなんてすよ。わたし、美香さんが殺し屋だったら10回くらい背後から首を切られて殺されてますよ」 なぜ殺し屋? 「普通に歩いてるつもりなんだけど」 「だいたい、美香さんがドアを開けたのも気づかなかったですよ。美香さん、忍者の末裔とかですか?」 殺し屋の次は忍者? 「おじいさんは普通のお百姓さんだったよ。そんなことより早くご飯食べに行こうよ。終わったらすぐ行こうって約束してたじゃない」 彼女はドレッサーの下に未練がましい目を向けた。何か落としたのだろうか。 「何か落としたの?私が明日、探しといてあげるからさ。お腹空いたよ」 彼女はまだドレッサーの下を見ていたが、やっと踏ん切りがついたように、私を見て笑った。 「分かりました。せっかく美香さんがご馳走してくれるんだし、行きましょう」 「美香さんありがとうございます」 お客さんたちにも好評な、三日月のように細くなった目で笑いながら瀬奈が胸の前で手を合わせた。 「うん、大事にしてね」 そういうと私はスマホのニュースサイトをチェックした。 「あ、今日は雨天中止かー」 「ん?どうしたんですか?」 瀬奈がテーブルの向かいから私のスマホを覗きこもうとした。 「ん、阪神戦よ。どうなってるかな?と思ったんだけど、今日は雨で中止なんだって」 「ふーん、美香さん阪神ファンなんですか」 あまり気がなさそうな声で瀬奈が聞いた。彼女はあまりプロ野球には興味がないと前に聞いたことがある。 「そうだよー、阪神ファンでないと生きていくことが難しい土地で生まれ育ったからね」 そう言うと瀬奈は目を丸くした。 「えーっ?そんな怖いところがあるんですか?」 「ここだってそうだよ。迂闊に中日以外のチームのファンだなんて言えないよ」 「わたし、そんなこと気にしたことないですよ」 「そりゃそうだよ、野球自体に興味がないって言えば、話はそれまでだもん。でもおじさんのお客さんで中日の話を延々とする人、いるでしょ?」 そう言うと瀬奈が手を叩いた。 「あー、いますいます。よく分かりません、って言ったら、接客業なんだからそのくらい勉強しろ、って言われたことあります」 「そんなの大きなお世話だよね。でも私はもっと危険なの。下手に阪神ファンだってバレたら、馴染みのお客さんでも来てくれなくなる人がいるかもしれないから」 瀬奈がケラケラと笑った。 「ほんとですかぁ?」 「だって一昨日なんだけど、私、待機室のテレビで阪神ー中日戦を見てたの。阪神が勝ってやったー!って大声を出したら、片山さんと中嶋さんにものすごい目で睨まれたもん。殺意がこもってたよ、あの目は」 「へぇ~、あの2人も中日ファンなんですか」 「店長もよ。この辺の中年以上のおじさんはたいてい中日ファンだよ」 瀬奈はワインを一口飲んで言った。 「いろいろ生き辛い世の中ですねー」 私もワインに口をつけた。 「そうよ。あのね、一昨日の勝利はね、ただの1勝じゃなかったの。これで4月は阪神の首位が確定した勝利だったの。こんなの13年ぶりの快挙なんだから」 すると瀬奈がワインを飲みながら首を傾げた。 「わたし、よく分かりませんけど、優勝がどうのって、確か秋じゃなかったですか?」 私もワインを飲み干して空になったグラスをテーブルに置いた。 「そうだよ。だから4月の首位がとっても重要なの。どうせ秋には負けが混んで順位が落ちてるんだから。だから阪神ファンは4月5月が勝負なの。この時期に大喜びして、後は静かに暮らすの」 あははは、と瀬奈が笑い飛ばした。 「切ないですねー」 メインの肉料理を黙々と食べていた瀬奈が、私を窺った。 「美香さん、今日は疲れてます?」 私は少し驚いて瀬奈を見返した。 「どうして?どうしてそう思うの?」 瀬奈はもう一口、肉を飲み込んでから言った。 「だって美香さんがこんな風に妙にテンションが高い時って、たいてい面倒なお客さんが来たりして疲れてる時だから」 「え?私、そんなに分かりやすいかな?」 私がそう言うと瀬奈がクスッと笑った。 「やっぱりそうなんだ」 私はナイフとフォークを皿に置いて溜め息をついた。 「まあね。今日のお客さんは常連で、いつも120分をダブルで取ってくれる人なんだけど」 そう言うと瀬奈が身を乗り出した。 「えっ?それって大事なお客さんじゃないですか。私があの部屋を使って良かったんですか?」 「ああ、チェアーをしない人だから、部屋はどこでも良いと言えば良いのよ」 そう言ってワインを一口飲んだ。 「そうなのよ。チェアーをさせてくれれば良いのよ。それどころか下手すりゃマットもいいって言う人なのよ」 「それのどこが疲れるんです?」 「すごく無口な人なのよ。だから間が持たないのよ」 「ああなるほど。ルーチンのプレイをしないと時間を使えないですもんね。それで無闇にテンションが上がるわけですか?」 「そうなのよ。4時間で2回くらいしかしないしチェアーやマットもいいって言うから、せめてお喋べりで何とか間を持たせようって頑張って話題を、って阪神の話をしたら、ボソッと『僕は中日ファンだ』って」 テーブルの向こうで瀬奈が身体を折って笑っている。 「あはははは、苦しい。それは大変ですね」 「笑い事じゃないわよ。悪い人じゃないし大切なお客さんなんだけど、その人を送り出すと毎回ドッと疲れが出るのよ」 瀬奈はまだ笑ってる。 「うふふ、するとこれまでも妙にテンションが高い日って、もしかしたらそのお客さんが」 「そうかもね」 まだクツクツと笑っている。 「そういうあなたはどうなのよ。さっき浮かない顔して何かを探してたけど」 私がそう聞くと、瀬奈が真顔になった。 「ああ、あれですか」 「うん。何を探してたの?」 「うーん、もう良いです」 「もう良い、って顔じゃないけど」 そう言うと、彼女は言葉を選ぶようにゆっくり話し始めた。 「あのですね。お客さんにもらったプレゼントを盗まれたんです」 盗まれた? 「えっ?どんなプレゼントを?誰に?」 彼女は慎重に言葉を繋いだ。 「盗まれたのは、常連のお客さんから誕生日プレゼントにもらった御守りです。なんか北海道に乳神神社っていう面白い名前の神社があって、そこの『おっぱい守』っていう変わった御守りです」 「そんなものをプレゼントにもらったんだ」 「ええ、まあそのお客さんもシャレで持ってきたって」 コーヒーを一口飲んで続ける。 「それをバッグに着けてたんですけど、さっき気がついたらなくなってて。状況的に盗まれたんだろうと」 「いったい誰が?」 そう言うと瀬奈はしばらく黙った。 そしてまっすぐ私を見た。 「犯人は分かってるんです。だから悩んでいるのは、犯人が誰かではなくて、その犯人とこれからどういう関係であるべきか、なんです」 ------------------------------------ 読者への挑戦状 ------------------------------------ てことで、まさかミステリーとは思わずに読んでいた方が多いと思いますが、さて、おっぱい守を盗んだ犯人はだれでしょう。 ちゃんと、論理的に犯人を特定できる手がかりはこれまでに書かれています。 というわけで、解答編の第六章がアップされるまでに、お暇な方は推理してみてください(^-^*) それでは、また第六章で(^_^)/ | |
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