| タイトル | 広島市流川歓楽街(薬研堀)散策レポ ~出没!イロ街ック天国!⑮~ |
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| 投稿者 | タンスにゴンゴン |
| 投稿日 | 2025年02月10日 |
『広島市流川歓楽街(薬研堀)散策レポ ~出没!イロ街ック天国!⑮~』 🌆出没!イロ街ック天国!👣 ~ 肉体密着系風俗街エンターテイメント ~ 今回は広島市・流川(薬研堀)にGスポットを当てます。 【🗾広島県・広島市】 広島市は広島県の県庁所在地で人口約118万人(2024年末時)。 世界初となった原爆攻撃が行われた地として『国際平和文化都市』『平和記念都市』として国内外に認知されていますが、明治時代は日清戦争の際に大本営(日本軍の最高統帥機関)が置かれるなど軍事都市でもありました。 戦国時代に毛利氏が広島城を築城後、福島氏→浅野氏と城下を整備し江戸時代にはすでに日本有数の都市となっていたそうで、戦後はマツダ(MAZDA)を中心とした自動車、重工業で復興を果たし、瀬戸内工業地域の主要な工業都市としても中国・四国地方の中枢ともいえる都市となりました。 当地のプロ野球チーム・広島東洋カープ⚾は戦後復興の希望として、現在も特定の親会社を持たない12球団唯一の市民球団として設立され、本拠地・🏟️広島市民球場(マツダスタジアム)はターミナル駅である広島駅に至近で、線路沿いに建設された左右非対称な形と新幹線の車窓から球場内が見える作りが特徴的です。(なおチアガール不在も12球団唯一です。) 野球ついでに北海道日本ハムファイターズの本拠地、エスコンフィールドのある北海道・北広島市は明治時代に広島県人が入植した事にちなんでいます。 また、市民や市内観光の足となる🚉広島電鉄(広電)は路面電車で国内最大の規模であり、市外の厳島神社⛩️の最寄(広電宮島口)までアクセスできます。 主な観光は… 🏚️原爆ドーム ⛲平和記念公園 🏞️縮景園 グルメ・特産は… 🍕お好み焼き 🍤牡蠣 🍁もみじまんじゅう 【ℹ️広島市へのアクセス】 ■陸路 🛤️鉄道 東京→🚄新幹線 約4時間 大阪→🚄新幹線 約1時間20分 福岡→🚄新幹線 約1時間 🚌高速バス 東京 →🌙約12時間 大阪 →🌞/🌙約6時間 福岡 →🌞/🌙約5時間 ✈️空路 🛬広島空港 →🚌リムジンバス 60分 【🌃ソースとお酒とエロスの香り漂う一大歓楽街…流川】 中区にある“流川”は、薬研堀(やげんぼり)を中心に西は流川町、堀川町、新天地。 北は胡町(えびすちょう)、東は銀山町(かなやまちょう)、弥生町。 南は田中町を含めた界隈の総称で、工業で復興した広島らしく中国地方最大の歓楽街です。 ロケーションは広島市街の中心部で、アクセスも広電の🚉胡町または🚉銀山町電停が至近と利便性はよく、接待系や飲み屋、お好み焼きや牡蠣などの名物も楽しめる中に風俗エリアも混在していており食べて飲んでお遊びして…規模も相まって歌舞伎町や中洲、すすきのに近いですね。 この中で風俗は薬研堀東側と弥生町にはラブホも集まっており、流川町にはセクキャバも散見していました。 ちなみに薬研堀というのは、掘の底がV字になっていてその形が時代劇で見かける薬を調合する道具『薬研』になぞらえたもので、堀川、八丁堀など界隈に名称も残るとおり、この辺りはかつて広島城のお堀が流れていたことがわかります。 【💕箱もジャンルも、表も裏も!?…個性的な広島“風”】 ~薬研堀・弥生町略図~ ↑胡町・銀山町電停 JR広島駅方面↗ ┼─┼─⑶─┼────┼─┼──┼⬆️ │ │ │♡ │ │ │N ├─┼───┼────┤ ├──┼ ⑵ │ ⑴♡ │ │ │ ├─┼───┼───┬┴─┼──┼ ┤ │ │♡ │ │ │ ├─┼───┼───┤♡ ├──┼ │ │ │ ♡♡│♡ │ │ ├─┼───┼───┼──┼──┼ │ │ │ ♡ │♡H│H╱ ┼─┼───┼───┼──┼╱ ←平和記念公園方面 ─=約50m ©Gongon map ♡=風俗店エリア H=ラブホテル ⑴=薬研堀通り ⑵=中新地通り ⑶=仏だん通り 流川を縦貫する目抜き通りが薬研堀通りで、風俗店はここより東側に出店しています。 客引きは店頭にキャッチがいるお店はありますがロケーションからか?私が散策した時は昼夜共に控えめな感じでした。 (とにかく案内所がやたらとある印象) 店舗型のヌキ系は20数店でソープランドをメインにファッションヘルスとオナクラ。 ソープは大衆~格安店でNS対応店が多いので出稼ぎ率は高いと思われます。 ファッションヘルスも一応カテゴライズされるも、そのほとんどが“ソープヘルス”と称してプレイルームに浴槽があって○○ありコースが…実質お得なヘルスプレーも選べるソープです(笑) 風俗店は個室を作れないという県の条例のためプレイルームにはドアがなく、カーテンなどの簡易遮蔽とクセつよ。 同じく県の条例により在籍姫の店頭での写真提供が不可なのでパネル掲示等がなく写真指名は基本できず、指名に際しては事前にWebでチェックとなります。 また弥生町にはラブホテルもあってデリへル・ホテヘルなどの派遣型風俗も盛んと、遊べる幅が広いです! ※マントル(マンショント○コ)と呼ばれるアングラもあるとか 【💂軍都に集う男達を癒した2つの遊郭】 広島市内には戦前に西遊郭、東遊郭という遊郭がありました。 いずれも当地が軍都であった明治期に誕生し、太平洋戦争の原爆攻撃で消失。 戦後の復興に併せて赤線(売春行為を黙認されていた)地帯として再興しましたが、売春防止法(売防法)の施行により妓楼は一般の旅館などへ転業していきました。 まず西遊郭が現在の平和記念公園より西、天満川東岸の舟入町という所に明治25年開設。 昭和に入った頃には妓楼50軒超、約300人の娼妓がいたようで、売防法後の旅館転業の名残であるかのように、天満川沿いにラブホテルが軒を連ねています。 日本が日清戦争に勝利した明治28年、現在の弥生町辺りに“増設”されるように東遊郭が誕生し、戦災で焼失するまで西遊郭と同じ位の規模まで成長したそうです。 やはり戦後に赤線として蘇るわけですが、こちらは復興に併せて薬研堀界隈が歓楽街となったこともあり、赤線廃止後の妓楼は旅館への転業だけでなくトルコ風呂の開業もあって、現在のソープとラブホ街として今も息づいているという訳です。 東遊郭だったとされる弥生町界隈は赤線期の名残と言える建物が近年まで点在していたようですが、歩いてみても見当たらず空き地、駐車場が散見されたので恐らく多くが解体されていったのでしょう…。 そんななかでも現在も宿泊営業している転業旅館※が一軒あり、改装を経てもその趣ある外観は(関係しているのか?お隣の建物も含めて)一見の価値ありでした! 爆心地に程近く消滅に近い状態になったにも関わらず、遊郭跡地にぴったりと風俗・ラブホが生まれるというのが不思議で面白いですよね。 …いかがでしたでしょうか? 城下町→軍都→工業都市と色町が育まれるロケーションで強いオリジナリティを感じられる歓楽街、流川。 お仕事はもちろん広島や中国地方の観光の際には是非! ─ 了 ─ | |
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