タイトル | 高齢童貞卒業したての思考回路 |
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投稿者 | キジトラ猫助 |
投稿日 | 2024年09月08日 |
『高齢童貞卒業したての思考回路』 新約聖書には、旧約聖書における「遊女」の同義語である「娼婦」が登場する。彼女たちの社会的地位は低く、特に律法学者やファリサイ派などのユダヤ教指導者層から差別されていた。しかしイエスは「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう」(マタイ福音書21:31)と述べた。また「罪深い女」(ルカ 7:36)と呼ばれていた娼婦を受け入れた。イエスは彼女たちを救いに招いたのである。しかし、後のキリスト者やキリスト教会はイエスの姿勢を継承しなかったと言える。 先日、高齢童貞して初めて風俗を訪れた お相手してくれた女性は、自分を蔑むことなく相手してくれた 彼女は自分がずっと抱え込んでいた劣等感を拭ってくれた恩人だといえる 敬意は言葉だけでなく形も伴わせるのが夜の世界の常識だと知ったのは、後になってからだった 気が回らなかった事を悔やんでもしょうがないので、サービスなしの1枠とちょっとした差し入れで感謝を伝えることを決意 再び店を訪れた 彼女は「気にしなくてもいいのに」と笑って言った そして雑談、彼女は先日楽しく話した趣味の話をさらに詳しくしてくれた 「なんだこの可愛い生き物…」 さらに自分がこの仕事をしていることを、おおっぴらに出来ないでいることも話してくれた 自分の姉は社会的に評価される立場にいる だが彼女の社会的な成果も、決して姉に負けているとは思えない しかしどこか肩身を狭そうにしている彼女をみてると、理不尽さを感じずにはいられなかった 「なんとなく」風俗で働いている人は少ないと思う みんな何かしら事情を抱えている 生きる上での問題を他人任せにせず、自分で解決しようと藻掻いている ある種の心無い誹りを受けることも覚悟して よく知らない事を忌避するのは人間の本能なのかもしれないが、風俗を利用する以上は「よく知らなかった」「安くない金を払うんだから、知らなくていい」では済まされないんじゃないか 事実、利用者の心無い態度がキャストの方を傷つける話もよく見る 冒頭の聖書の話のファリサイ派とは、偽善者の事である なんらかの自分勝手な根拠で、無自覚にキャストの方を下にみてしまうのもまた偽善的な行為なんではないか 風俗で働く方に恩が出来た以上、せめて自分の手の届く範囲ではキャストやスタッフの皆様に対する敬意を忘れないようにしたい などと偉そうな事を考えつつ、そろそろ終了となったときに自分の口から出た言葉 「キスだけお願いできませんか;つД`)」 結局対価相応のサービスを要求してしまった自分には、他人の行動を批判する権利などないことを自覚 でも夢中で話す可愛すぎるキャストさんの顔や、帰りがけにしてくれたキスを思い出すと後悔できない自分もいたりします | |
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